いつか、その時まで








ゴンッ

跡部の耳に鈍い音が突き刺さった。

目の前に樺地が立ちはだかっているのがわかる。

そして、彼が勢いよく自分の方に倒れていくのも・・・。

遠くで部員たちが二人の名前を呼び続けているのを

薄れる意識の中で跡部は聞いていた。



「ん・・・」

跡部が目が覚めたとき、そこは保健室だった。

「跡部、気がついたん?」

椅子に座った忍足の顔が心なしか安堵しているのがわかった。

一瞬、記憶が混乱した跡部はキョロキョロと辺りを見渡した。

「俺は・・・確か・・・」

少しずつ記憶がよみがえる。



その日、朝から蒼い空が広がり、部活日和だった。

部活の最中、跡部と忍足との練習試合をしていた。

しかし、跡部は何故か蒼い空に一瞬、目を奪われてしまった。

その隙に忍足の打ったボールが跡部に向かって飛んでいった。

樺地は跡部の危機を察知し、とっさにラケットでそれを返したが、

バランスを崩した樺地とともに地面に倒れたというわけだった。

「それにしてもどうかしたんか、跡部にしては試合中に余所見するのは珍しいやな」

跡部は忍足の顔を見つめ、クスッと笑みをこぼした。

そして、保健室の窓から見える空をみつめた。

「・・・空がとっても蒼くてな・・・」

ボソッと跡部はつぶやいた。

「跡部?」

忍足は少しいつもとは違う跡部に不安を感じた。

「いや、何でもない。それよりも忍足、今日は俺のマンションに泊まっていくだろ?」

跡部は話題を変え、言葉をつづけた。

「今日はクリスマスだからな、二人だけで過ごそうぜ」

お前、こういうの好きだろう。と跡部はつけたした。

その言葉に忍足は少し顔を赤くして立ち上がった。

「俺、部活に戻るわ。ほな帰りにな、跡部。少し休んだ方がええやろ。」

忍足はそういうと、保健室を出て行った。


――空が蒼くて・・・自由に鳥のように羽ばたけたら・・・――



跡部のマンション。

見慣れた部屋。そして、広い部屋。

部屋に入ると、テーブル一杯に並べられた料理。

まだ、湯気が立ち上るおいしそうな料理。

その真ん中に豪華なケーキが置いてあった。

跡部から事前に告げられたことをシェフと執事はやり遂げ、

一枚のメモを残して帰っていった。

相変わらずの気の利く執事に跡部は感謝しながら、笑みをこぼした。

執事は何となく悟っているだろう。跡部と忍足の関係を。

それでも、誰にも言わずにいてくれるのはありがたいことだと思う。

「忍足、冷めないうちに頂こうぜ」

「そうやな、俺腹へってしもうた」

二人は楽しい夕食を満喫した。



「跡部、今日はどうかしたん?何か変やで」

やっぱり、いつもとは違う跡部に忍足はそう問いかけた。

「・・・忍足、人を好きになるのがこんなに辛いなんて思わなかった・・・」

そう、いつか決別の時がくる。

そう・・・いつか――。

わかっていても、どうにもならない気持ち。


こんなに人を好きになることなんてなかったのに・・・。

「忍足、俺はお前を失いたくない。俺は・・・お前が好きでたまらない・・・」

これ以上、好きになるのがこわい。決別したとき、自分がどうにかなりそうで。

何年後か先、跡部家の跡取りとして親の決めたレールの上を歩くのだろう。

テニスを続けるにしても・・・。

跡取りという、枷から逃れられない。

だから・・・空を見た。

蒼く澄んだ・・・空を。

自由に羽ばたく鳥のように――

「跡部」

忍足は椅子から立ち上がり、跡部のそばに歩み寄った。
そして、静かに跡部の肩を抱きしめた。

「先のことは俺にもわからへん。でも、俺は跡部が好きや。

俺は【今】を大事にしたいと思うんや・・・それじゃ、駄目やんか・・・?」

忍足の体温が跡部の心にしみる。

「忍足・・・そうだな・・・」

跡部は目を閉じると忍足の背中に腕をまわした。

暖かい温もり。

いつか、決別の時がこようとも・・・。

この温もりをそのときがくるまで離さない。

跡部はそう心に決めた。

「忍足、サンキューな・・・」

跡部と忍足はしばらく、そのまま抱きしめあっていた。


次の日。

いつもと変わらない跡部がそこにはいた。

空は昨日と同じ蒼く澄んだ空だった。


――いつか、その日が来るとしても・・・――




おわり